値が上がる、音を上げる

昭和のビーズバッグの貴重さをSNSで呟いた方がいたら、もう、わぁーってなってた。
あぁ、これは値が上がっちゃうな。
今まで見向きもしなかったような人だって、その価値を知ったら、欲しくなるし、
そこに少しでも儲けがあるとみれば、そういう目的でも求める人はいるでしょう。
あ~ぁ、わたしには手に入りにくくなっちゃったな。
襟のコレクションも、もうずっと増えていない。
いいなと思う手のかかった古いものは、値段が上がっている。
大勢の人が良さに気付いてしまったってことか。
ま、仕方ないか。
そういえば、最近、これに似たようなことがあったような。
…カールだ!!そうカール。
もう手に入らないとなったら、オークションでものすごい高騰してるのと似てるね。

「これがいい」って言う人がいると、うわぁーって人が集まる。お金もある程度集まる。
でも、さささぁ~っと、そう遠くないうちに潮は引いていくんだよね。
まあ、流行りってそういうものか。

どうして貴重だとその人が言っているのか、分かっていない人もいるように感じました。
単にアンティーク、ヴィンテージの良さがあるだけじゃないんだよね。
もう作ることが難しいからなんだ。それを言っているのだとわたしは受け止めたけれど。
どうして作ることが難しいかといえば、職人がいなくなるから。
後継者がいないんじゃない。
いたとしても、その技術だけで生活していけるようなものじゃないから、
継がせないという苦渋の選択をなさる方もいらっしゃるのじゃないかしら。
ビーズバッグ一つ取ったって、刺繍、口金、バッグ仕立て、
それぞれの工程に、それぞれの熟練の技が必要だもの。
どこか一つなくなってしまったら、もう作れないってことだよね。

わたし、身近に知っているもの。
その昔は、安い海外製のレース製品に押されて、日本製バテンレースが売れなくなったこと。
何年か前には、ちょこっとハンドメイドの波に乗ったけれど、
でも、あの後もバテンレースの波乗りしている人をわたしは知らない。
わたしは、もともと波に乗っていなくて、
砂浜で砂いじりしながら、ただただ脆い砂山(バテンレース)作りを繰り返して、
横眼で人気が上がっていく様子を見ていた。
いまだにずっと、そこにとどまって、永久に完成しない砂山を作っている感じです。
この砂山、できたと思うとすぐに崩れてくるんですよねぇ…。なかなかうまくならない。
あのときは、横目で見ながらも、
お仲間が増えるかな、きちんとしたことが広まるといいなと思っていたんだけれど。

実際、バテンレースでも、日本製のものと海外製のものでは値段に大きな差がある。
安いほうに手が伸びるのも道理だよね。
日本製は、人件費もたしかに高いのだけれど、テープの留め、かがり、始末を見比べてほしい。
まるっきり違うから。

ただ、自分を振り返っても、相応な対価って考えるのを忘れがち。
できれば安く手に入れたいし、100円ショップだって行くもん。
最近は、玄人はだしの作家さんがネット上で作品販売していたりするものね。
ほんの数年持つものでよいと考えれば、安いほうがいいよね。

あー、ほんと、どうなっていくんだろうね。
いろんなものが消えていくよ。
わたしに知恵と勇気とお金が欲しい!
特にお金!!
ありゃ、文字にするとものすごい強欲ババアみたい。
でも、たくさんお金があって、日々の生活に困らなくて、子供たちを育てていける余裕があったら、
どこにだって技術習得に行けるし、
設備投資だってできるし、
後継育成して、先につないでいくにはどうしたらいいか考えたり、
知識と技術のある人を集めて、実現していくことがきっとできる。
あ゛ー、やっぱ、世の中、お金なんだねぇ。
庶民のわたしは、地道にコツコツ働くか…。
夢を食って生きてはいけぬのだ。

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