分かってくれる人がいる幸せ


昨日4月16日で、インスタグラムで投稿を始めてちょうど丸1年となりました。
早いです。
投稿数が700を超えているというのですから、おやかましいことでした…。
過去に作成したボタンもアップしていたので、結果的にポスト数が増えました。
ブログやピンタレストでもお付き合いくださっている方にとっては、
ツイッターじゃないんだからさって感じだったかもしれないです。
フェイスブック等の他のSNSアカウントは、所有していてもリサーチ用にしているので、ROM専用で、
今、投稿しているのは3本です。

で、この画像のキャプションに、わたしの思うところを書いたのですが、
思いがけないコメントをいただいて、
共感してくれる方がいるというのは嬉しいなぁと感じています。

わたしは、何事においても、まずは基礎をしっかり習得したいと思っています。
それが他国の伝統の上にあるものであれば、なおさらのこと。
歴史的背景や分類なんかは、言語の違いから、正確に理解することは難しいけれど、
でも、針と糸という共通の道具の下にある技術は得ることができるはずだからです。
そこを飛ばして、奇をてらうことをやろうとしても、
わたしの場合は、きっと、基礎を打たずに高いビルを建てようとするようなもので、
決してうまくいかないと思っています。
皆さん才能豊かな方が多いので、わたしのように鈍な進め方をしなくてもいいのかもしれませんが。

もう既に痛い目には遭っているので、二度とお節介をすまいと心に決めていますが、
糸ボタン作家さんはたくさん増えたけれど、
ここはこうしたほうがいいのになと思うことがしばしばあります。
そして、それが継続している様子から、
やっぱり一度身に着いてしまったものは修正が難しいんだなとも感じています。
それが味とか個性だ、果ては独自の方法だとおっしゃるかもしれません。
でも、わたしはこう思うんですよ。
ここにも何度も書いていますが、
手芸なので、たしかに間違いはないんだと思います。
でも、美しく作るための理にかなった方法はちゃんとあるんですよね。
それを知っておくと、もっともっとできることの幅が広がるんだなぁ…
というのが、わたしがこの十何年で身をもって体験してきたことです。
まあ、愛好家でしかないあんたが言うなよって言われちゃうかもしれないけれど。

そんなこんなに賛同してくれる方が、
海外の方の中にもいらっしゃるというのは嬉しかったなぁ、ほんと。
がんばるよ、わたし。
関連記事

 糸ボタン(passementerie buttons)

0 Comments

Leave a comment